社員が在宅勤務を求めることができるか?(外資系派遣会社)ロバート・ウォルターズ・ジャパン事件

社員が在宅勤務を求めることができるか?(外資系派遣会社)ロバート・ウォルターズ・ジャパン事件

事件の概要 (東京地裁 令和3年928日)

原告は、派遣会社(被告)との間で、2020年2月派遣先Q社(就業時間を午前9時~午後5時30分まで)とする派遣労働契約を締結、Q社に派遣されました。

2月下旬頃、新型コロナウイルスの流行が始まっていたことから、原告は被告に対し、通勤を通じて新型コロナウイルスに感染する不安から、満員電車を避けるための通勤時刻の変更に加えて当面は在宅勤務を希望し、派遣先Q社との調整を依頼。Q社との話し合いの結果、原告は3月2日からQ社への出勤時刻は午前10時、3月10日からは在宅勤務可能となりました。

ところが、在宅勤務中に原告は、始業終業時刻を3時間繰り上げました。Q社はこれを問題視、3月16日、被告に在宅勤務を打ち切り、出勤を求める旨を伝え、その後、Q社は被告に対し原告の派遣契約を更新しない旨を伝えました。被告は、3月19日、原告に派遣契約の不更新に伴い、本件雇用契約も3月31日の経過をもって期間満了により終了する旨を通知しました。

判決内容から

原告は、在宅勤務の求めにかかかわらず被告(派遣会社)が原告を出社させたことが安全配慮義務に反する等と主張、慰謝料を請求しましたが、結果は原告の被告(派遣会社)に対する賠償請求は棄却され、被告(派遣会社)側の勝訴となりました。判決内容を見ると、

1.当時、通勤による感染の危険性は必ずしも明らかになっていたとは言えず、被告(派遣会社)はは、通勤によりコロナに感染する事を具体的に予見できたと認めることはできない。
    注:派遣先であるQ社も派遣労働者には安全配慮義務が求められますが、Q社についても同様の取り扱いとな
るはずです。

2.被告(派遣会社)は原告からの依頼を受け派遣先Q社に対して、出勤時刻の繰り下げや在宅勤務の要望を伝え、出勤時刻の繰り下げは3月2日に実現、在宅勤務も派遣先Q社での検討を取り付ける(3月10日から実現)と雇用主として十分な配慮をしていたと言うべき   とあります。

裁判例の意味するところ—

本件は、コロナ禍にあって労働者への安全配慮義務を理由に労働者が雇用主に在宅勤務を求める事ができるかを争ったものです。
そのため、通勤や出勤により新型コロナウイルスに感染することが予見できたかという点が判決のポイントとなりました。事業者の安全配慮義務は、新型コロナウイルスのケースでは、感染発生についての予見性が成立した上で、その感染を回避できる可能性が存在するという2つの要素があって初めて成立し得るものと考えます。
実務上での具体的な対応としては産業医や衛生委員会を活用しながら、行政や業界のガイドラインを参考にして会社としてできる安全配慮義務を果たしていくことになります。
新型コロナウイルスの場合は、具体的には3密の回避、マスク着用、手洗いや消毒の励行、換気の徹底を行った上で、職種などの実態に応じて可能であれば在宅勤務の実施や時差出勤やフレックスタイムなどを導入するという対応が一般的でした。

一方で、各企業がそれぞれの実情に沿ってできる限りの策を講じているにもかかわらず、健康不安を抱える社員や妊産婦や年少の子供を持つ社員や、その他それぞれの個人としての考え方もあり、会社に特別な配慮を求めるような事例が散見されました。個々の健康不安には真摯に対応せざるを得ない一方で、その社員だけ特別扱いにする事の是非の判断もあり、対応に苦労されたケースも珍しくはありませんでした。また一方では、感染予防のためのこれら諸施策を実施したとしても感染リスクを完全に払しょくできるものではなく、これら企業内で感染者が発生した事例は少なくありませんでした。

今回の裁判所判断は至極妥当なものであると思いますが、時間のかかる司法判断を待つのではなく、コロナ禍の真っ最中に、行政から今回の司法判断のようなガイドラインが早めに出ていれば、コロナ禍での人事諸氏のご苦労は随分と軽減されたのではないかとも思っています。

コロナ禍の2020年、21年と厚生労働省が企業向けに発信するコロナ対策の情報は、毎日のように細かくフォローし、都度PMP Newsを通じて発信していましたが、実は曖昧であったり玉虫色であったりする行政見解に幾度となく接して、発信に際しては悩んだこともありました。
21年10月15日、「新型コロナウイルス、労災対応について」という標題でPMP Newsを発信していますが、そこでは新型コロナウイルスについては労災が簡単に認められているという実情について説明しています。過労死のような深刻なケースでの労災決定割合は28.3%に留まっていますが、新型コロナ関連は79.5%、医療従事者を除いた一般産業だけでも66.8%と請求の3分の2の労災が認められるという高い決定割合となっています。
コロナ禍における感染者向けの労災事業としては、国民を守るためにも的確な対応であるとは思いますが 、一方で感染防止の観点からは、諸外国のような法規制はついに実施されませんでした。日本のコロナ感染予防対応は強制力のないガイドラインに終始しました。そのガイドラインも国、自治体とバラバラで発信され、時には相矛盾する内容も散見されました。加えて産業界ごとのガイドラインまでも発信されていました。
現政権は危機管理庁を新設する方針との報道もあります。次の危機には、企業も国民一人ひとりも安心できる日本であって欲しいと思います。

以    上