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2026.05.18

  • 労働行政の動向

“安全大国”日本の盲点 – ILO155号条約批准の意味

日本は4月1日、ILO(国際労働機関)の中核的労働基準の一つ「職業上の安全および健康に関する条約」(ILO第155号条約)の批准書をILO事務局長に寄託、4月3日に官報で公布され、ILO加盟国の中で、日本は同条約の92国目の批准国となりました。
ILO第155号条約とは、作業に関連した事故及び健康に対する危害を防止することを目的として、職業上の安全及び健康並びに作業環境について、この条約を締結した国が一貫した政策を定めることを規定するとともに、国の段階、企業の段階それぞれにおいてとるべき措置等を定めるものです。

もともとILOでは中核的労働基準として
1.    結社の自由及び団体交渉権の尊重 (第87号、第98号)
2.    強制労働の禁止 (第29号、第105号、及び2014年議定書)
3.    児童労働の実効的な廃止 (第138号、第182号)
4.    雇用及び職業における差別の排除 (第100号、第111号) 
を掲げていました。2022年に、5.  安全で健康的な労働環境 (第155号、第187号) を加え、5つの基準、10の条約として、労働者の人権が纏められるました。2022年の出来事ということは、2020年からのコロナ禍が背景となり、折からのESGやビジネスと人権(BHR)の潮流拡大もそれに加わったと思われます。

日本の批准が92か国目と遅かった理由は何でしょうか?
もともとG7主要国はILOには比較的冷淡です。アメリカはもともと労働者保護というよりは契約概念を重んじますのでILOとは常に距離を置いています。EU脱退以前からイギリスもアメリカに似た対応姿勢のようです。ILOの考え方はEUの思想によく似ていますが、フランス・ドイツはILO条約を批准する以前に、自国法制として高水準の労働者保護制度を構築してきたという自負もあるように見えます。結果としてG7でこのILO155号条約を批准したのはイタリアと日本だけとなりました。

日本のILOに対する姿勢には米英や仏独のような基本スタンスは読み取れず、ケースバイケースの対応に終始しているかに思えます。その典型的現象は、ILOの4番目の中核的労働基準 “雇用及び職業における差別の排除” の111号条約は未だに批准していないことにも現れている様に思います。

テーマをもとに戻して、厚生労働省での直近の対応を簡単にレビューしてみましょう。
2003年に厚労省内にILO懇談会が設けられ、年2回のペースでILO決議事項に関し、政労使間で “効果的な” “協議” を行う目的で設置されました。
155号条約関連の “懇談” 内容をピックアップ(“切り取り”ました!)すると、2005年(注:“ ”表記はすべてPMP)の懇談会で、すでに「155号条約については、労働安全衛生法改正が控えているところですが、(略)どういう法律をどうすればいいのか。」に対し「厚労省内では、ILO155号条約については、この内容をどのような形で日本の労働法に反映するかという議論は未だになされていません。」という討議がなされています。
ILOで中核的基準化がなされた2022年懇談会では使用者側から「第155号条約は、中核的労働基準化という観点では、若干、テクニカルな条約ではないかという印象をもっている。」との意見も。

日本、特に厚生労働省ではもともと “国内法整合主義” の考え方が強いという側面があります。実は最近の労働安全衛生法の化学物質規制は、従来の「個別物質の限定的な列挙規制」から「すべての化学物質を対象としたリスク評価に基づく自律的管理」へと大幅に転換しましたが、この動きはこの「国内法整合主義」で読み解くことができます。
また懇談会では何度も、条約の批准に際して、条約細部をそのまま法に反映するのは、MUST でも SHOUD のような義務ではなく MAY(=国内裁量の余地がある)という議論がなされています。その上で、批准した他国の法改正事例の調査分析の必要性も繰り返し述べられています。そうなると批准の後に行う労働安全衛生法改正に際しては、労使間で細かい部分でかなりの議論、なかには対立も生まれてくる可能性もあるように思います。

そもそも政府には、日本の安全衛生は世界をリードする水準にあるという基本認識が背景にあります。その意識のもとで、これから労働安全衛生法の改正の議論が行われようとしています。

一方で、過労死、過重労働からの自殺などの労災事故を抱える日本。過労死が KAROUSHI と英語化され世界で通用している事情を考えると、ILO155号条約は中核的労働基準として労働者の権利とされています。

ILOの経緯を振り返れば、2022年以前は、ILOでは、労働安全衛生は “技術管理” 色が強かったが、2022年、安全で健康的な労働環境を中核的労働基準へ格上げされました。安全衛生は、事故防止ではなく “人権” として位置づけられることになったと言えます。日本でも、KAROUSHI は使用者の労働安全衛生法違反、職場環境を整える義務違反というこれまでの判断ではなく、労働者の人権侵害という判断に変わることになるのかもしれません。

すでに具体的論点として、労働者が作業中に危険を察知した場合の避難する権利 – ILO155号では人権として認めていますが、これが、どのような形で今の労働安全衛生法で整理されるのか、筆者も関心を持っています。

さらには、日本の多くの企業が抱える社員のメンタル系疾患、これを原因とする休職などの就労不能問題。これも労働者の安全衛生として155号には含まれると考えます。これがどのように整理されていくのでしょうか?

ILO155号条約の中核的労働基準化により、これまで「安全配慮義務違反」や「労働安全衛生法違反」と整理されてきた問題が、今後は「労働者の人権侵害」として再定義されていく可能性があります。批准はしましたが、具体的な法改正が今は皆目見えていませんが、このような視点で法改正の動きを追いかけていこうと思います。

以    上

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