残業代の未払いに係る最高裁判決
令和5年3月10日最高裁 第二小法廷判決をご案内いたします。
本件は、平成27年5月、熊本労働基準監督署から適正な労働時間の管理を行うよう指導を受けたことを契機として、就業規則を変更し、これに基づく新たな賃金体系を導入。その違法性が問われたものです。
本件は平成27年に労働基準監督署の指摘を受け、正しい労働時間管理を行う事を契機として起きたものです。この結果、当然、適法な残業代の支給も必要となりましたが、一方で人件費増は回避したいという思いから、会社は賃金体系を変更しました。本件後の手取り総額を変更前の従前と同額程度とするため、毎月の手取り額を固定します。その際、残業代の計算基礎額の一部となる基本歩合給を大幅に引き下げました。基本歩合給の引き下げ相当は新しい調整給で補填しますが、この調整給は基本給の一部ではなく、割増賃金の一部に位置づけました。
しかしながら最高裁では、残業代の算定根拠となる時間当たり賃金額を従前と本件後で比較すれば、従前は1300円/時間~1400円/時間であった水準が、本件後は840円/時間に大幅に減額されたと指摘しています。基本給部分の一部を減額し、相当額を割増賃金の一部に組み込んだ体系変更では当然の結果ではありますが・・・ 要は、従前の手取り総額と同額の支払いを確定させ、従前・本件後の手取り総額の“不利益変更”を回避するような会社の“工夫”は結局のところは報われませんでしたね。
判決文でも「新給与体系は、その実質において、時間外労働等の有無やその多寡と直接関係なく決定される賃金総額を超えて労働基準法37条の割増賃金が生じないようにすべく、旧給与体系の下においては通常の労働時間の賃金に当たる基本歩合給として支払われていた賃金の一部につき、名目のみを本件割増賃金に置き換えて支払うことを内容とする賃金体系であるというべきである。」と言い切っています。
この体系変更により、これまでは月80時間程度の残業実績でしたが、これを大幅に超える残業が発生したとしても、調整手当を変更することで毎月の手取り額は増額されないことになります。この点を最高裁は「実際の勤務状況に照らして想定し難い程度の長時間の時間外労働等を見込んだ過大な割増賃金が支払われる賃金体系が導入されたこととなる。」と看破しています。
なおこの就業規則改定の社員宛説明の際には社員から特に異論は出ていないというものの、「新給与体系の導入に当たり、被上告人から上告人を含む労働者に対しては、基本給の増額や調整手当の導入等に関する一応の説明がされたにとどまり、基本歩合給の相当部分を調整手当として支給するものとされたことに伴い上記のような変化が生ずることについて、十分な説明がされたともうかがわれない。」として使用者の説明責任も不十分であるとしています。
私見ながら、本件は、もともと残業代を支給していた企業が、労働時間の把握が不正確であった点を労働基準監督署から指摘され改善せざるを得なくなったものの、その結果として正しく測定すると残業時間が従来の数値より膨れ上がってしまい、調整手当等を新たに導入することで、賃金支払い総額は従来同様とする工夫をする、要は、残業代増を抑えようとしたのですが、最高裁ではこれをNGとしたということであると纏めてみました。正しい残業時間に応じた正しい残業代を支払わないことに対するいわば当然の報いではあると思います。
しかしながら、気になるのは裁判官の一人が補足意見として固定時間外手当に言及している点です。
「固定残業代制度の下で、その実質においては通常の労働時間の賃金として支払われるべき金額が、名目上は時間外労働に対する対価として支払われる金額に含まれているという脱法的事態が現出するに至っては、当該固定残業代制度の下で支払われる固定残業代の支払をもって法定割増賃金の支払として認めるべきではない。(略)使用者は、通常の労働時間の賃金とこれに基づいて計算される法定割増賃金を大きく引き下げることによって、賃金総額を引き上げることなしに、想定残業時間を極めて長いものとすることが可能となり、使用者は、上記のようにして作り出された固定残業代制度の存在を奇貨として、適宜に、それまでの平均的な時間外労働時間を大幅に上回るレベルの時間外労働を、追加の対価を支払うことなく行わせる事態を現出させ得ることとなるが、そのような事態が現実に発生してからでなくては労働者が司法的救済を得られないとすれば、労働基準法37条の趣旨の効率的な達成は期待し難いからである」
個人的には、適法と認められる固定時間外手当を本件の個別案件に当てはめた上で、固定時間外手当を脱法的事態とまでに拡大して論ずる姿勢は、最高裁と言う場で果たして適当だろうか?と、これも私見ではありますが、疑問に思います。
ご関心ある方は最高裁の 判決文全文 を参照ください。
以 上